癒しのDr.まみ

いのちの美しさを輝かせる癒しのドクター。

あなたが本当のあなたの
いのちの美しさに気づいて、
より愛し愛され
今を生きていくお手伝いたします❤

からだもこころもそのために
一生懸命メッセージを送ってくれています♪

そのメッセージを受け取り、
じっくり味わう準備はいいですか?( ´▽`*)


経歴:
千葉県生まれ。1996年、16歳で留学、単身渡米。いじめ、虐待を経験し心を病んだことから摂食障害を発症。アメリカ大学時代に死にそうになった時、あるドクターとの出会いをきっかけに自分癒しの旅が始まる。20

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涙を流すために帰る場所:交響曲である人生という音楽を全うするということ

今朝は目覚めると浄化の雨が降り注いでいて母が咳き込んでいるのでその隣にりんちゃんと一緒に横たわってレイキをしながら添い寝した。当然だけどその体は暖かくて柔らかくて呼吸をしている生きている人の体だった。タクミさんが息を引き取ったあと同じように胸に手を当てながら一晩、隣で添い寝した。死んでしまったのにまだほんのり暖かくてもしかしたらいきなり息を吹き返すんじゃないかと期待しながらさすってみる。けれどもその体はどんどん冷たくそして硬くなっていった。言葉では表せない深い深い絶望と悲しみの底にいた。最近わたしはよく実家に帰る。昨日気づいたけどわたしは泣くために帰っているのかもしれない。もちろん両親は私が泣いていることは知らないとは思うけどこれ読んだらわかっちゃうね。きっと人生経験を全うするために帰っているのかもしれない。本当は辛い時、苦しい時、本当は助けてほしかった。大切なものを、人を失った時、本当は悲しくて泣きたかった。大切なものを壊され、奪われた時、本当は怒りたかった。大切なものを与えられられた時、本当は素直に喜びたかった。でもその時そうできない時もある。16歳の私は言葉も文化もわからない異国の地で虐待やら摂食障害を経験しながら泣くこともせず、怒りもせず、誰にも助けを求めれなかった。そうやっていつも我慢している母親を見て育ってきているし、お姉ちゃんだから、奨学生だから、お母さんを喜ばせたいから、お父さんを心配させたくないから、愛されるために認められるために褒められるために正直な湧いていた気持ちには蓋にして、むしろ活動的怠惰の凄まじき活動の源のエネルギーへと一生懸命頑張ってきたんだ。本当にしたかったことを本当に湧き上がっていた感情を一時停止のままで未完了のままで私の中にずっと抱えてきたままだった。頭でわかったり理解したつもりじゃ意味なかったね。ソウルメイトは 魂で決めて来たことを 全うさせてくれる機会を 分かち合いする仲間。 甘え直し悲しみ直し怒り直し許し直し喜び直し感謝し直し未完了のままの音楽がまるでようやく再生し始めた。どんな親でもどんなことがあってもやっぱりそこには愛が根底にある。そもそも愛されていたんだよね。愛されていないのではと愛されないといけないと思い込んでいただけなんだよね。看取り映画を見て 涙するのは 看取り直しできた悲しみ直し、許し直し、怒り直し、感謝し直せる喜びの涙もそこにある。そもそもその死に行く人のいのちは究極の愛を教えてくれる。そこに立って人のいのちを人の人生を見直してみると忘れていた大切なことをきっと思い出す。人生は音楽のように 自然と奏でられている。 交響曲のように 沢山のパートや ハーモニーや コード展開がある。  今日の天気も 出会った人も 今いる場所も みんな一緒に その音楽を奏でてる。 だから 解決するのでなく ただ、全うするだけ。甘えられなかった16歳の私にはもう戻れない。死んだ人はもう生き返らない。でもその時生じた不協和音や緊張は次にやってくるコードやメロディをより引き立て、そしてなによりも美しい交響曲を創造する。指揮者も作曲者も 全部自分♪(*´꒳`*)  魂交響曲♪( ´θ`)ノ「受容」は良好な状態、またはすでに起こったことに対して問題なしとする態度と混同されることが多いが、実はそうではない。愛する人を失って「よし」と感じたり「問題なし」と感じる人などいるはずがないではないか。悲嘆のこの段階は、愛する人が肉体的な生命を失ったという現実を受け入れ、その新しい現実が今後永久に続く現実であることを認める段階である。それは絶対に好ましい現実でもなければ「問題なし」とする現実でもないが、われわれは最終的にそれを受け入れる。そしてその現実とともに生きることを学習する。生きるために身につけなければならない、それが新しい規範となる。そこに我々の最終的な治癒が存在するのだ。治癒など得られるはずがないと見え、そう感じられるにもかかわらず調整は確実に行われるのである。(途中略)治癒が生じるにつれて、われわれは自分がどんな人間なのか、愛する人がどんな人間だったのかを学ぶようになる。悲嘆のプロセスをつうじて、治癒は奇妙な方法でわれわれを、いまは亡き愛する人へを近づけてくれる亡き人との新しい関係が始まる。われわれは亡きひととともに生きることを学習する。引き裂かれていた意味の破片を集めてもとに戻す、再統合のプロセスが始まるのだ。(途中略)受容とは人生経験のプロセスのひとつであり、最終目標でもなければ、最終段階でもないのである。われわれは再び生きる始める。だがそれは、悲しみをじゅうぶんに味わってはじめて出来ることなのだ。エリザベス・キューブラー・ロス&デーヴィッド・ケスラー「永遠の別れ 悲しみを癒す知恵の書」

悲しみ抜くこと そのものに癒す力がある。決して忘れることのできない 結ばれた愛の絆が 今ここにあるということ。

今朝はどっぶり 浸る時間を過ごしている 癒しのDr.マミです(*´ω`*)悲嘆は癒しのプロセスそのもの。 
わたしは今 自分自身に対して 私の愛する夫に対して 分かち合ってきた幸せに対して 時間をかけて悲しんでる。 
自分のために悲しむって 自己満足かもしれないし ヒロイン気取りなのかもしれない。
 でも自分の人生という ドラマの主人公は 他の誰でもないわたし。  悲しみ抜くこと
そのものに癒す力がある。 「悲しみ抜くことを 自分に許さなかった人」は その未完了の「感情のわだかまり」が 無意識のうちに自分の世界観へと投影されている。 感じれなかった 無視するしかなかった 配慮できなかったわたしの気持ち。
 新しく悲しみと対面するたびに 過去の心の傷にまつわる そのわだかまりが浮上する。わたしも今まで ずっとそうだったけど 「悲しみ」から抜け出せず 囚われたままでいた様だ。そもそも人生は儚いもの。 その悲しみは生きている限り 私たち人間は共有し続ける。 特別なことでも 恥じることでも 隠すことでもない。 どうやって悲しむのか。 どうやって悲しみ、 愛しみへと昇華して
生きていくのか。  私たちにとって 本当に大切なことは 学校では教わってないね。 夫、卓巳さんに 私のどこか好きなのか聞いてみたことがあった。 そうしたらなんと!とりあえず100個かな? これ一番とか決められないんだよ~ わかる?(^_-)-☆ 

悲しみ切ると元氣がでるよ( ´ ▽ ` ) だから思いっきり泣けばいい。

愛の人なあなたへおはよう&ありがとう💖本日は快晴🌞6月の始まり❗️本日はその始まりのエネルギーとともに色々発送業務諸々チャネリングレポート、満月ハーブティなどお申し込みの方はどうぞお楽しみに✨ということでこのメッセージは海の中からお届けな癒しのDr.まみです(*´꒳`*)前世のどこかでは人魚🧜‍♀️をしてたかと思うけど笑今世の人間的にはアクアライン東京湾横断道路通過中。人生は常に癒しだね。LINE@でよく泣けるってメッセージ貰うんだけどありがとう💕思い切り泣いてください(*´꒳`*)わたしはよく泣くわー。ブログはよく泣きながら書いてるし!笑生きてるからこそ悲しみ、怒り、切なさ、憎しみ、葛藤、絶望、そんなこと感じる。それでもみんな生きてきたんだよね。もうそれだけで地球人名誉賞だよ( ´ ▽ ` )だからこそ泣ける時があったら思いっきり泣いて良いよ。泣きたくても泣けないそうやって頑張ってそれさえわからないぐらいなにが大切なのかなにが好きなのかなにをしたいのかそれでも今生きてるって凄いね。その生き方が既には昨日の慈愛の心だね💖悲しみ切るから元氣になれる。だから私は家族や自然やリンちゃんにいま、いっぱい頼って私にとって安心できる環境で感じる私を思い出す感じる私をまた感じる生きていることを生きるそんな時間を優先してる。